私は神の子② ーアイデンティティの確立Ⅱー

オリジナル小説

ある夜。ささいなことから高校2年生の長男と口論になった。初めて正面から子供に非難された私は、動揺と怒りで我を忘れ、息子を徹底的にけなす言葉を叩きつけてしまった。途端、ドンッという鈍い音とともに息子の拳が居間の白い壁にめり込んだ。続いて猛烈な足音とドアを乱暴に開ける音がして、息子は夜の中へ消えていった。
茫然と立ち尽くしていると、一部始終を見ていた2人の娘と目が合った。そこに現れていたのが反発と憤りだけだったら、多分私はまだ参らなかった。でも、それは拒絶と侮蔑の入り混じった、胸の底まで凍るような冷たい眼差しだった。我が子に嫌われている。捨てられている。私が母に抱いた感情そのままを、今、私は受けている。へたへたと床に座り込んだ。壁にはぽっかりと穴が空いていた。
息子はまだ会社にいた夫に連絡したらしく、日付が変わる頃、夫に伴われて帰宅した。私はベッドにもぐりこんだまま、迎えに出ることができなかった。怖かった。もちろん夫は何も聞かない。翌朝も起き上がらず、布団をかぶって泣き続けた。
午後になって電話が鳴った。憩子からだった。「急な話で悪いんだけど、明後日の金曜、空いてる?教会で婦人会があるの。『安らかな家庭を築くために』って題で牧師夫人からお話聞いて、その後、ランチをどう?手作りだけど、プロ並みよ!」家族そろって毎週教会に通っている憩子は、友人の中でも異色の存在だった。こんな時でなければ、宗教勧誘を警戒して決して誘いに乗らなかったろう。しかし私は打ちのめされていた。ぼんやりと、承諾の返事をした。
生まれて初めて足を踏み入れた教会は、大きくて立派な建物だった。赤いビロードの絨毯、木の長椅子、見事な生け花。講壇に立った夫人は、ふくよかな、笑顔の素晴らしい人で、何でも温かく包み込んでくれそうな大きさと、凛とした強さと聡明さを併せ持った女性だった。50過ぎくらいだろうか。4人の子供の母親だという。憩子はこの夫人のことが大好きな様子だった。わかる気がした。
「子供に親切にする。ちょっとの犠牲が、家庭をつくります」つい、引き込まれた。母は目下の人間をみな僕にしていたから。

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